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大分家庭裁判所 昭和51年(少ハ)1号 決定 1976年4月08日

少年 K・Y(昭三一・四・一二生)

主文

本人を昭和五一年一二月一一日まで引続き中等少年院に収容する。

理由

一  中津少年学院長の本件申請の趣旨

別紙I「収容継続を申請する具体的理由」のとおり

二  当裁判所の判断

(一)  本人に関する社会記録等の一件記録によると次の事実が認められる。

(イ)  少年院収容に至る経緯および保護上の問題点

本人は中学三年時に幼女に対する強制わいせつ保護事件で当庁より不処分決定を受け(昭和四七年一月二七日)、昭和四八年四月から一〇月にかけ、女性に対する一連のわいせつ行為、暴行および女性の下着盗等の非行で再び当庁に係属し、同年一一月二六日中等少年院送致決定を受け、中津少年学院に収容されるに至つた。

本人は魯鈍級精神薄弱であり、被影響的性が高く自主性に欠け、対人関係で不信感、被害感不満感および身体、容貌等を含めて強い劣等感を抱いている上に、父親に死別後幼時から育てられた母親の保護態様が全く教育的配慮を欠くものであつた結果、基礎的な生活習慣すら身につける余裕もなく、またその保護能力の欠如が少年の非行の一因となつたと思われる。

(ロ)  少年院における処遇経過

中津少年学院入院後の処遇経過は別紙IIのとおりである。

本人はこのように数多の規律違反を犯したためその処遇が順調に進んでいないことは明らかであるが、園芸科での作業を含めての生活に関しては、入院当初は、体力も、意欲もなく、作業をさぼるために前記違反行為を行う如き状況で何事にも消極的であつたのに比較すると、二年余の教育効果が徐々に現われ、最近では、体力もつき、それとともに協調性、自主性も相当程度見受けられるようになつてきた。もつとも、学力は小学校三年程度のもので学習意欲に乏しい点は依然として除去されておらず、帰住先の保護環境としては母親の保護能力には期待できないのは収容時の状況と余り相違はなく、特別に本人を受入れる態勢は整つていない状況にある。

(2) 収容継続の必要性

本人の場合に少年院法一一条所定の要件が充足されているかについて考えてみると、上記のとおり、本人は入院後約一年位物品窃取の違反行為を続け、その約半年後からはわいせつ「鶏姦行為」が発覚している。最後の「わいせつ」行為で処分されたのが昭和五〇年一〇月一一日であり、しかも前記「鶏姦行為」は発覚半年前から続いていた事実も認められることを考えれば本人は入院後二年余違反行為を続けていたことになるわけで、ここ半年余ようやく違反行為がみられなくなつたというに過ぎない状況である。もつとも、前記窃取行為はチリ紙を主としたもので、少年の潔癖性ないし生活習慣の欠如に基づくものと認められ、最近の生活状況の落ち着き具合からみれば、その危険性は一応鎮静していると考えられるものの、そこにみられた処分を受けても繰り返えす規範意識の欠如はわいせつ行為等にも相変らず見受けられる上、このわいせつ行為が、かなり長期間にわたつていたことを考えると少年院送致原因である性非行との連続性を否定することはできず、この点に関しては本人の犯罪傾向の矯正につき、危惧の念を抱かざるをえない。最近実施された鑑別結果もこれを裏付けるものといわなければならない。そうすると、現時点では出院後の虞犯性は未だ否定できないといわざるを得ず、本人の犯罪傾向は未矯正の段階にとどまつているというべきであり、なお、相当期間中等少年院に引続き収容する必要があると考える。

そこで、その収容期間について検討すると、本人は入院時と比較すれば教育効果が徐々にではあるが現われており、今後学院で予定されている教育内容並びに最近の少年の成長度合を考え合せれば改善可能の余地は十分にあると考えられ、本人が既に二年四か月余在院していることを考慮して、少年院法第一一条による満令日(昭和五一年四月一一日)の翌日から五ヶ月間の矯正教育を施し、前記本人の保護環境からして仮退院後三ヶ月間の環境調整のための保護観察期間を設ける必要があるとする本件申請は相当と認められる。

よつて、少年院法一一条四項に従い、本人を引続き八か月間(昭和五一年一二月一一日まで)中等少年院に収容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中壮太)

別紙I

収容継続を申請する具体的理由

一 本人は、昭和四八年一一月二九日当学院に入院し、二年二ヶ月を経過しているが成績は遅々として向上せず、昭和五一年二月一日現在で一級下(C)の段階で、今後、当学院の全教育課程を終了し一級上(A)の最高段階に達するまでには、なお五ヶ月間の教育期間が必要である。

二 本人の生育歴、性格、行動傾向についてみると、三歳時父を失い、母一人子一人という欠損家庭で放任的に養育され、そのため躾面において生活上必要な基礎訓練がなされていなかつたが、劣等意識から来る自信のなさも目立ち、これらが重なり合つて本人を孤独にし、善悪の判断も出来ぬままに、他からの軽視的態度に対する反発的行為として猥褻暴行、窃盗等の非行を重ねさせたもののようである。

したがつて、入院後の指導目標としては、集団生活における対人関係の重要性の認識、基礎的学力の習得、規則正しい社会生活、将来の職業生活に耐えうるだけの忍耐力と体力の養成、基礎的生活習慣の体得等を目標にして指導することとした。

三 実科編入については前記事項を参考にし、園芸科に編入したが、編入後の本人の生活目標については、(1)きびきびした行動をとり、正しい判断力を身につける、(2)嘘を言わない、の二項目を設定し指導することとした。

指導の効果についてみると、最初は何をするにも体力がなくて長続きせず、作業、訓練等できつい時、嫌になつたときなど、すぐに腹が痛いと平気で嘘を言い休養しようとするなど、すべての面で全く意欲は見られなかつた。

寮内生活においても物品窃取等の規律違反が続発したが、これももつぱら自己の欲望に対する抑制のなさによるものと認められ、他人の迷惑など全く意に介せず、善悪の判断なしに気のむくままに行動に移したことが、反則行為として表われてきたもののようであつた。

このような行動が入院後しばらく続いたが、母親との度々の面会で母親との意思の疎通ができ心情が安定してきたこと、本人と同時期に入院した同僚が出院していくことなどから少しは自己反省する心も芽生えてきて、以後は順調に経過し、昭和五〇年五月一日付けで生活進歩賞を受賞するまでに成長した。

処遇段階も一級下(D)に進級し、一級生として恥ずかしくない生活を送るのではないかと予想していたところ、同年五月初め、突然、わいせつというもつとも懸念されていた規律違反行為を行い、その後も再三にわたりこれを繰り返すに及んだため、集団生活不適ということで当分の間夜間単独室処遇とした。

規律違反行為の原因としては、気のゆるみと意志の弱さが上げられるが、過去の非行に対する反省が十分に深まつていなかつたことも主因をなすものと考えられる。

単独室処遇では読書指導、内省、担任によるカウンセリング等の個別指導を実施し経過を観察したが、本人の猥褻行為に対する反省も十分に窺えたので、再び集団寮に移して処遇することにした。

移寮後は徐々にではあるが、実科場面、寮生活場面の両面においてやろうという意欲・積極さも出てきて、最近では最後までやり通すねばり強さ、協調性、自主性も見られるようになり、体力面でもかなりのところまでついていける忍耐力、体力も出来てきた。対人関係については相手の言うことを素直に聞き入れない面があること、自分より弱い少年、新入少年に対してハッタリ的言動がみられるということなどから、ソシオマトリックテストの結果はあまり良くない。

教科面については学力は小学校三年程度で、あまり学習意欲は見られず向上のあとは遅々としている。国語では、字が乱雑で漢字も正確に覚えていない。また、算数では、加減乗除の文章問題が理解しにくい。

以上が、最近までの本人の成績の推移である。

四 現在、生活目標の評価もB(中位)まで向上して来たが、以上の経緯にかんがみると、満令に達したのちもしばらく在院させて教育を施すことが必要と考えられ、社会生活における対人関係の重要性を寮内の集会活動、役割活動、施設外訓練等により体得させる。能力に対する劣等意識を除去する、学力の面でも日常生活に必要な読解力、文章力、数の計算が出来るまでにする、正しい性知識を付与する、などの諸点に重点を置きつつ指導を加えて非行性を除去し、社会適応性を高め、望ましい人格の成長をはかることに努めたい。

本人については、保護関係に次のような問題があり、収容を継続する期間を定めるに当たつては、あわせてこの点をも考慮していただきたい。

五 すなわち、本人の家庭は母親だけの欠損家庭で、一人つ子として養育されてきたが、母親は生活に追われて子供の教育まで手が回らず、放任的であつた。また、母親には情夫が居るが、本人はそのことで母親を非常に嫌つていた。母親自身も、そのことが非行の原因ではないかと心配してはおり、情夫との縁を切ろうと努力しているようだが、いまだに解決されていない。

このような家庭環境のもとに本人を帰住させても落着くとは思われず、再非行のおそれが十分に考えられるので、現在住込み稼動先について調整中である。なお本人の性非行については、母親と情夫との性行為を見聞きして、これによつて触発されたことが一因をなしている点は、この際特に考慮する必要があろう。

六 本人の在院期間は二年を越しているが、母は生計をたてて行くことに追われて、出院後の指導監督も十分に行き届かないおそれがあること、住込み稼動先についてもまだ見込みがたつていないこと、本人の非行に対する罪悪感の乏しさ、規範意識の稀薄さ等を考えるとき、出院方法も満令で出院させるより、仮退院により出院させて、社会復帰後も保護観察のもとで観察官、保護司等の助言指導が得られるように配慮することが、安定した社会生活を送らせるためにも是非必要と考えられる。

七 以上本人の心身状況、家庭環境等より考慮した場合、今後当学院での教育期間五ヶ月、保護観察期間三ヶ月、合わせて八ヶ月間の収容継続が必要と認められるので本申請に及びます。

別紙II

処遇経過

昭和四八年一一月二九日 中津少年学院に入院、二級下(D)・考査編入

一二月 六日 考査終了・予科編入

昭和四九年 三月 一日 謹慎五日・減点二〇点(件名・物品窃取)

四月二三日 院長訓戒・減点三〇点(件名・物品窃取)

〃     段階処遇三級に降級

六月 一日 二級下(D)に復級

六月 三日 本科編入・園芸科

六月 五日 院長訓戒(件名・生活態度不良)

七月一七日 謹慎三日・減点四〇点(件名・物品窃取)

八月二〇日 院長訓戒・減点二〇点(件名・物品窃取)

九月二五日 謹慎三日・減点二〇点(件名・物品窃取・物品破棄)

一一月 一日 二級下(C)進級

昭和五〇年 一月 一日 二級上(B)進級

三月 一日 二級上(A)進級

四月 一日 一級下(D)進級

五月 一日 生活進歩賞受賞

五月一七日 謹慎七日・減点五〇点(件名・わいせつ「鶏姦行為」)

八月二七日 謹慎一四日・減点五〇点(件名・わいせつ「鶏姦行為」)

九月一三日 院長訓戒・減点二〇点(件名・物品窃取)

一〇月一一日 謹慎三日(件名・わいせつ)

一〇月一四日 夜間単独室処遇

一一月二九日 夜間単独室処遇解除・集団寮復帰

一二月 一日 一級下(C)進級

昭和五一年 三月 一日 一級上(B)進級

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